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あかぱんつ

「あかぱんつ」は、子どもたちの笑顔を開く、<専門人形劇デュオ>です。

11-29

2010

夢を紡ぐ

 またまた、タイトルが「夢を紡ぐ」と、ちょっとオーバーな、気取った感じになってしまいましたが、今書きたいことは「夢を紡ぐ」という言葉で初めて書けそうな気がしているので、勘弁してくださいませ。
 私も、人並みに時々夢を見ます。子どものときのように追いかけられる夢などは、もうあまり見ませんが、それでも、なんだかへんてこな夢を見ることがあり、起きてからも覚えていることもあります。
 夢を見るのは、楽しいときもいやなときも、たまには「おしっこをしたい夢を見たら、本当におしっこをしてしまった(もう何十年も前の実際の話)」なんて、困ったこともありますが、自分の日常には有りえないことを体験(?)できるのは、楽しいことだと思います。
 近頃、人形劇のアイデアを考えていて、ふっとアイデアが浮かんで、その劇の雰囲気を味わって楽しい思いをしたりしているうちに、人形劇のアイデアを考えるのと、夢を見るのとが、似ていることに気がつきました。
 人形劇のアイデアは夢と同じで、「思いつこうとして思いつける」ものではありません。でも、いつも人形劇のアイデアはないか…と考えているうちに、ふっと、そう…まるで夢のように、心に浮かぶことがあるのです。心(と言っても、実は脳の働きなので、頭と言った方がいいのでしょうが…)に浮かんだ夢のようなアイデアをそのまま見続けようとしても、そうそううまくはいきません。
 今年度の演目の中に「わしは眠たいんじゃ!」という、無言劇があります。もう20年近くも上演している〈面白~い!〉演目ですが、そのラストの新しいアイデアは今年になって降って湧いてきたのです。この劇は、その最初の設定からして、どんどんアイデアがわいてくる劇でしたが、最後の終わり方には苦労しました。「さあ、この結末をどうやってつけよう」と、ウーンと悩んだのですが、当時はどうしても一つしか思いつかず、ずうっとそのエンディングでやって来たのでした。ちょっと突飛すぎるかな?なんて思いながら…。
 「わしは眠たいんじゃ!」のアイデアを夢だとすると、この夢はめずらしく長く見られた夢でした。次から次に話が展開して、この夢は「紡ぐ」までもなく自分で展開していってくれた感じです。ただ、ラストだけは、ちょっと気になっていて、もう少し穏やかに終われるといいな…と考えていたのでした。゜
 今年になって、20年ほどたって、この夢の最後に新しい夢を「紡ぐ」ことができたようです。
 また、「待ってたまるか」という作品の場合は、たくさんのアイデアがノートにメモしてありますが、なかなか全部のアイデアを使うチャンスはありません。一つの作品にするにあたっては、メモした一つ一つの「夢」をどうやって紡ぐのか…が問われます。来年の「待ってたまるか」では、今までになかったアイデアを盛り込むことができそうです。新しいアイデアが入ったことで、「待ってたまるか」という作品がいっそう面白くなることと思います。
 こんな人形がこんなふうに動いたら楽しいだろうな…。あかぱんつのお芝居はたいていそんなふうに作ってきました。人形劇の楽しさの原点は、かわいい、あるいはひょうきんな、あるいはおそろしい…など、さまざまな表情をもった人形がスピーディーに動いたり、すっころんだり、変身したり、あるいは、人間にはあり得ないような楽しい動きをしたり…など、さまざまな動きをするところにある…と、私たちは思っていて、ずうっとそういう人形劇の楽しさを追求してきました。
 今度はこんな動きをさせたいな…と思いつくと、その夢にしばらくひたりたくなります。でも、その夢は長く続かないことも多いのです。心に浮かんで…でもすうっと消えてしまった芝居のアイデア、その夢の続きはすぐにみられるとは限っていません。また、次回思いついたときに、今の夢とつながったりつながらなかったり…。
 人形劇を作る作業は、そんなふうに「ふっと見た夢の一つ一つを紡いで、一つの作品につないでいく」作業ではないかと思ったのです。
 考えてみると、人形劇のアイデアに限らず、人間が何かを創造(想像?)しようとするとき、それは、まずは「夢を紡ぐ」作業から始まるのではないかと思います。


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